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前橋地方裁判所 昭和63年(わ)467号 判決 1991年3月25日

本籍

群馬県館林市大街道三丁目六七一番地

住居

同県同市大街道三丁目一番八号

税理士

山﨑昭

昭和三年二月二〇日生

右の者に対する法人税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官蝦名俊晴出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年に処する。

未決勾留日数中一二〇日を右刑に算入する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、税理士として山﨑税務会計事務所を経営し、電気機器部品の加工請負、販売等を営業目的とする株式会社中村電線工業(以下「中村電線」という。)の税務書類の作成、税務申告等を担当していたものであるが、中村電線の業務に関し、法人税を免れようと企て、中村電線の取締役であつた中村元(以下「中村」という。)と共謀の上、架空仕入や架空外注費を計上するなどの方法で所得を秘匿し、

第一  昭和五九年九月一日から昭和六〇年八月三一日までの事業年度における中村電線の実際所得金額が一億六二九〇万四六三三円で(別紙1修正損益計算書参照)、これに対する法人税額が六九二三万二五〇〇円であるにもかかわらず、昭和六〇年一〇月三一日、群馬県館林市仲町一一番一二号の館林税務署において、同税務署長に対し、右事業年度の総所得金額が八九二万四九二八円で、これに対する法人税額が二五〇万二六〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もつて、不正の行為により、中村電線の右事業年度における正規の法人税額六九二三万二五〇〇円と右申告税額との差額六六七二万九九〇〇円(別紙2税額計算書参照)を免れ、

第二  昭和六〇年九月一日から昭和六一年八月三一日までの事業年度における中村電線の実際所得金額が七三六二万八五七七円で(別紙3修正損益計算書参照)、これに対する法人税額が三〇五七万七四〇〇円であるにもかかわらず、昭和六一年一〇月三一日、前記館林税務署において、同税務署長に対し、右事業年度の欠損金額が八五七万〇八八四円で、これに対する法人税額がない旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もつて、不正の行為により、中村電線の右事業年度における正規の法人税額三〇五七万七四〇〇円(別紙4税額計算書参照)を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示事実全部について

一  第一回、第一二回及び第一四回公判調書中の被告人の各供述部分

一  被告人の大蔵事務官に対する昭和六二年六月九日付質問てん末書

一  証人中村の当公判廷における供述

一  公判調書中の証人中村(第二ないし第四回)、同松本一美(第五回)、同中村みどり(第七及び第八回)、同前原一栄(第八回)、同渋谷豊(第九回)、同今井信昭(第九回)及び眞下尚久(第一〇回)の各供述部分

一  永島みやの検察官に対する昭和六三年一一月二一日付及び同月二三日付各供述調書

一  大蔵事務官作成の次の各調査書謄本

1  原材料仕入高調査書謄本(三ないし五丁及び一二丁を除く)

2  外注費調査書謄本(三ないし五丁及び三三丁を除く)

3  給料手当調査書謄本

4  雑給調査書謄本

5  交際接待費調査書謄本

6  受取利息調査書謄本

7  交際費の損金不算入額調査書謄本

8  事業税認定損調査書謄本

9  欠損金調査書謄本

10  その他所得調査書謄本

一  検察事務官作成の「架空領収証等検討表(写し)の作成について」と題する書面

一  検察事務官作成の「架空領収証確認書(写し)の作成について」と題する書面

一  検察事務官作成の電話聴取書謄本(電話用紙のもの)

一  館林税務署長作成の証明書謄本

一  押収してあるコネクター検査及び修理並びに管理契約書(平成元年押第一二号の5)

一  押収してある売掛帳一綴(同号の32)

一  押収してある納品書一綴(同号の33)

判示冒頭の事実について

一  被告人の検察官に対する昭和六三年一一月二三日付供述調書(五丁のもの)

一  登記官作成の登記簿謄本の謄本(登記官の謄本作成日が昭和六二年九月一日付のもの)

一  登記官作成の閉鎖した役員欄の用紙の謄本(昭和六二年一月九日閉鎖したもの)

判示第一の事実について

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書謄本(自昭和五九年九月一日至昭和六〇年八月三一日のもの)

一  大蔵事務官作成の修正損益算書謄本(自昭和五九年九月一日至昭和六〇年八月三一日のもの)

一  押収してある総勘定元帳一綴(平成元年押第一二号の38)

一  押収してある外注費ノート一綴(同号の37)

一  押収してある会計伝票綴一綴(同号の39)

一  押収してある領収証綴二綴(同号の7及び8)

判示第二の事実について

一  第九回公判調書中の証人前島律子の供述部分

一  大蔵事務官作成の脱税計算書謄本(自昭和六〇年九月一日至昭和六一年八月三一日のもの)

一  大蔵事務官作成の修正損益計算書謄本(自昭和六〇年九月一日至昭和六一年八月三一日のもの)

一  押収してある総勘定元帳一綴(平成元年押第一二号の34)

一  押収してある売掛帳一綴(同号の31)

一  押収してある外注費支払帳一綴(同号の36)

一  押収してある外注支払台帳一冊(同号の6)

一  押収してある請求書綴六綴(同号の27、28、41、42、43及び53)

一  押収してある領収証綴九綴(同号の20ないし26、29及び54)

一  押収してある会計伝票綴二綴(同号の30及び35)

(被告人及び弁護人の無罪の主張に対する判断)

一  被告人及び弁護人は、判示第一及び第二の各所為は、中村電線の経営者の中村が行つたもので、被告人は一切関与していないとして右各所為についての関与や中村との共謀を否定するが、前掲の各証拠によれば、被告人が中村と共謀の上、判示のとおり、判示の各確定申告について中村電線のそれぞれの該当事業年度の実際の所得を秘匿し、それが課税対象にならないようにするため、その所得につき虚偽の過少ないし欠損申告をして判示のとおりの法人税のほ脱をしたことは明らかである。

二  もつとも、被告人の調査、捜査段階及び公判廷における供述中には、判示第一及び第二の各所為につき被告人の関与や中村との共謀を否定し、却つて、中村の判示各法人税のほ脱行為を思い止まらせようと税理士の立場から諌め、指導したとする趣旨の供述部分があり、また、被告人の義理の妹で、本件犯行当時被告人が経営する税務会計事務所に勤め、中村電線の税務関係を担当していた永島みや(以下「永島」という。)も、証人として、公判廷において、本件ほ脱の方法である架空仕入れや架空外注費を計上するなどして中村電線の総勘定元帳を手直ししたり、その裏付となる領収証を揃えさせたりしたこともなく、そうすることについて被告人から指示されたこともない旨の証言をし、本件ほ脱について、被告人の関与や中村との共謀を否定する趣旨の供述をするが、いずれも、以下のとおり、他の証拠に照らして信用できないといわなければならない。

三  まず、永島の供述について検討する。

1  永島は、捜査段階において、検察官に対し、昭和六〇年一〇月下旬ころ、被告人に中村電線の昭和六〇年八月期の試算表を示したところ、後日、被告人から仕入れと外注費とに分けて年月日と金額が記載された自筆のメモを見せられ、「中村電線の今期の外注費はこれだけ上乗せする。仕入れについてもこれだけ増やすから、これで総勘を作り直してくれ。」と指示されたので、この指示に従つて中村電線の総勘定元帳を訂正し、その所得を過少にするため、利益を圧縮して所得をごまかし、税務署に確定申告をした旨(昭和六三年一一月二一日付供述調書)や昭和六一年六月に、被告人から日付と金額が記載された自筆のメモを見せられ、「中村電線からサーモテックにこれだけのコネクターの修理の外注がある。それに中村電線の今期の外注費について毎月一二〇万円増やすから元帳を訂正し、中村元に言つて領収証を書いてもらい、外注の台帳も訂正させろ。昭和六〇年八月期の外注についても領収証を作つておいた方がいい。」と指示されたので、この指示に従うことにしたが、昭和六〇年八月期分については、既に申告が終わつているので、金額をいじるわけにはいかないところから、コンピューターには入力せず、この取引は既に入力してあるこの期の外注費に含ませればよいと判断し、昭和六一年八月期について昭和六一年四月までの総勘定元帳を訂正し、更に、中村電線の外注費支払台帳と現金出納残高式伝票とを照合して被告人の指示に沿うメモを作成し、中村にこれに合致した領収証を作成するように指示し(右同)、更に、被告人から年月日、相手方名及び金額が記載された架空仕入れのメモも見せられ、「このように仕入先が決まつたから総勘に名前を入れておいてくれ。」と指示され、その指示に基づき昭和六〇年八月期及び昭和六一年八月期の総勘定元帳を訂正するとともに、中村みどりにこれに符合するように現金出納残高式伝票を訂正させたとする趣旨(同月二三日付供述調書)の供述をしており、これらの供述がなされている検察官に対する昭和六三年一一月二一日付及び同月二三日付各供述調書の供述内容には、永島作成の「外注支払台帳」と題する書面の作成経緯、一見しただけでは意味不明な同書面中の「不突合分」をはじめとする幾つかの記載事項の意味内容、現金出納残高式伝票中のボールペンで記載した箇所のインクの濃さに違いがある理由、外注費支払帳の架空外注に関する鉛筆等による記載方法、更には、昭和六〇年八月期の架空仕入れについては先に金額だけをコンピューターに入力しておき、仕入先名称は昭和六一年六月になつてから入力したことなどをはじめとする総勘定元帳中の仕入先名に関するコンピューターへのデーター入力の経緯と時期など永島が進んで供述しない限り判明しない事項もかなり含まれているばかりでなく、検察官の取調べにおいて、永島は、中村電線の昭和六〇年八月期及び昭和六一年八月期に関する法人税のほ脱についての被告人の犯行(本件犯行)を結局は認めたが、昭和五九年八月期のほ脱については被告人の関与を肯認しなかつたことなどに照らすと、認める点と認めない点とをはつきり区別して供述している上、永島と被告人との身上等の関係を考慮すると、敢えて虚偽の供述までして被告人の不利益になることを肯認しなければならない事情も全く認められないところである。

この点について、弁護人は、永島が極めて暗示性を受けやすく、主体性に欠ける性格の持主であるとし、取調べ検察官に迎合して被告人に不利益な前記のような供述をしたもので、その供述には信用性がない旨の主張をするが、前記のとおり、永島は、認める点と認めない点とをはつきり区別して供述していることからしても、弁護人の右主張は理由がなく、永島の検察官に対する前記各供述調書の供述内容は臨場感を誘う迫真性があるばかりでなく、他の関係者の供述や客観的証拠にも符合しており、永島が総勘定元帳のことを「総勘」と実際に略称したか否かはともかくとして、その信用性は十分に肯認できるところである。

2  これに引き換え、永島の証人としての公判廷における証言(第六及び第七回公判調書中の同人の供述部分)は、永島の検察官に対する前記各供述調書の供述内容とは異なつて、前記のとおり、本件犯行についての被告人の関与を否定するが、その証言は、関係者の証言と符合しない点があるばかりでなく、他の関係証拠をも勘案すると、永島の検察官に対する前記各供述調書の供述内容と較べて得心性に薄く、本件犯行当時は被告人の経営する税務会計事務所に勤務し、右証言当時は被告人の次男の山﨑雅夫の経営する会社に勤務していた事情などをも併せ考えると、永島の公判廷における右の証言内容は信用性に乏しいといわなければならない。

3  弁護人は、中村の単独犯行とされて被告人については起訴されていない中村電線の昭和五九年八月期の総勘定元帳及び現金出納残高式伝票の記載状況と、被告人も起訴され、永島が検察官に対する前記各供述調書中で被告人の指示に基づき作り直したとしている中村電線の昭和六〇年八月期と昭和六一年八月期の総勘定元帳及び現金出納残高式伝票の記載状況とが類似していることなど幾つかの点を挙げて永島の検察官に対する前記各供述調書の供述内容は信用できないとするが、他の関係証拠を併せ考えると、それらの点は、必ずしも永島の検察官に対する前記各供述調書の供述内容の信用性を損なう要因とはいえないと考えられるところである。

四  次に、被告人の供述について検討する。

1  被告人は、調査、捜査段階及び公判を通じて一貫して判示第一及び第二の各所為についての関与や中村との共謀を否定し、却つて、中村の判示各法人税ほ脱行為を思い止まらせようと税理士の立場から諌め、指導したとする趣旨の供述をしているが、関係証拠によると、被告人は、中村から、受領した時期や金額については一部食い違いがあるものの、四回にわたつて七〇〇万円、七一〇〇万円ないし七五〇〇万円、六〇〇万円及び三〇〇万円の総額八七〇〇万円ないし九一〇〇万円にも上る現金を受領し、中村から弁護士を立てて返還請求を受けるまでその大部分を一年以上の長期間にわたつて保管していたことが認められ、この受領と保管については、被告人も認めているところであるが、その保管するに至つた経緯や理由等についての被告人の供述は、極めて不自然で説得力に乏しく、この点については、中村の証人としての公判廷における証言の方が被告人の許に持参した時期や金額の点に関しての一部分を除いて、総じて信用性があるというべきである。

2  また、被告人の供述によれば、被告人は、昭和六〇年九月三日ころには、早くも中村電線の法人税のほ脱を疑い、昭和六一年六月に株式会社サーモテックに所轄税務署の税務調査が入つたころには、確定的に中村電線の法人税ほ脱を知つたというのであり、中村電線の昭和六〇年八月期及び昭和六一年八月期の法人税確定申告書をそれぞれ提出した際には、その申告書の内容が事実に反していることを知つてはいたが、被告人としては、後から中村に修正申告をさせる積もりであつたとしている。しかし、このような杜撰な納税申告の仕方は、一方において、強い税理士倫理感に基づいて中村を諫め、指導していたとして自己が強い税理士倫理感の持主であることを強調する被告人の言辞と辻褄の合わない感のあることは否めないところである。

3  これらの点以外にも、判示第一及び第二の各所為についての関与や中村との共謀を否定する被告人の供述には、永島の検察官に対する前記各供述調書をはじめとする信用に値する他の関係証拠と矛盾する点や食い違いがあつて、真実味に乏しいといわなければならない。

五  ところで、弁護人は、中村が被告人に対して強い悪感情を抱いているので、中村の証人としての公判廷における供述には信用性がない旨主張する。

確かに、中村は、本件犯行の共犯者とされているものであり、関係証拠によれば、本件犯行後、被告人と決定的に利害が対立するに至つた立場にあつて、被告人に対して不満や嫌悪感情を抱いていると認められるからその供述の信用性については、慎重に吟味する必要があり、現に、その供述の一部については他の客観的証拠と合致しないところもあるが、これとても、被告人に対する不満や嫌悪感情による供述というよりも記憶違いや事実関係の誤解などに起因する公算が大きいと考えられるところであり、昭和六〇年八月一二日、被告人から「会社の利益が上がつておるんで、少し落とす。」ということを言われ、架空口座を作るよう指示され、その際、被告人は、六〇年八月一二日だから、その数字どおりの六万〇八一二円を入金すればよいということだつたので、翌日、関口國志郎を介して大東京信用組合押上支店に六万〇八一二円を入金して松田泰名義で預金口座を開設し、その後、被告人の指示で作成してあつた中村電線振出しの額面一二五五万六三〇〇円の小切手を右口座に入金するよう言われ、同月二一日ころに入金したが、同年九月二日ころ、右口座から七〇〇万円を引き出すよう被告人に指示され、翌日、妻が永島とともに引き出しに行き、引き出した七〇〇万円を永島を介して被告人に渡した。更に、同年一〇月二八日ころに至つて、中村は、被告人からメモを見せられ、「中村電線はこれだけ脱税している。」、「今期は四〇〇〇万円位利益が出ている。」と告げられたため、「何とか一〇〇万円台にして下さい。」と依頼して被告人にその線で確定申告をしてもらうことにしたところ、被告人から「国税局がもしかしたらお前の家に入るかもしれないから、お前の家にある現金を預かる。」などと言われ、同年一一月一日ころ、被告人に現金七五〇〇万円入りのバッグを渡した。また、昭和六一年六月上旬ころ、株式会社サーモテックに税務調査が入つた後、中村は、被告人から「中村電線の六〇年八月期の仕入れと外注をいじらなければならない。」とか、「中村電線とサーモテックとのコネクター取引があつたことにしろ。」とか言われて、それに関連する伝票操作や中村電線と株式会社サーモテック間の検査修理に関する契約書の作成を指示され、その契約書の下書きを示されるとともに、そのころ、被告人と永島から昭和六〇年八月期と昭和六一年八月期の架空取引の年月日や金額の記載されたメモを示され、被告人ひとりから架空取引先の名称を考えるように指示されて株式会社明友、有限会社大川電材、中島電線加工を架空の取引先とすることを被告人に伝え、その指示に基づき中村側が被告人の用意した領収証用紙を用いて架空の領収証を作成して永島に渡し、昭和六一年六月二〇日ころには、被告人から「中村電線のサーモテックへの外注分二四〇〇万円を税務署に認めさせた。そうでなければ、半分の一二〇〇万円位を国が持つて行くから、半分の六〇〇万円は俺が預かる。」という趣旨のことを言われて被告人に現金六〇〇万円を届けたとする以上の各供述を含め、中村の証人としての供述の大部分は、具体的かつ詳細で、客観的証拠や他の関係者の供述とも概ね合致し(もつとも、前記供述中、バッグに入つた現金が七五〇〇万円であつたか七一〇〇万円であつたかは必ずしも明確ではない。)、総じて信用に値すると解されるところである。

六  そして、弁護人が主張するその余の点についても、本件の証拠関係に照らして採用できないといわなければならず、証人中村の当公判廷における供述、公判調書中の証人中村(第二ないし第四回)及び同松本一美(第五回)の各供述部分、前記の永島の検察官に対する昭和六三年一一月二一日付及び同月二三日付各供述調書を含む前掲の各証拠によれば、前記一のとおり、被告人が中村と共謀の上、判示の各法人税のほ脱をしたことは明らかであつて、被告人及び弁護人の被告人が無罪であるとの主張は理由がないといわなければならない。

(法令の適用)

被告人の判示第一及び第二の各所為はいずれも刑法六五条一項、六〇条、法人税法一五九条一項に該当するので、いずれも所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中一二〇日を右刑に算入し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により被告人に負担させることとする。

(量刑の事情)

一  本件は、税理士である被告人が事業会社の当時の取締役で、実質的経営者と共謀し、不正な方法でその事業会社の所得を秘匿して、二事業年度の法人税につき虚偽の過少ないし欠損申告をし、合計九七三〇万七三〇〇円の法人税をほ脱したものであるが、この種租税事犯は、放置すると蔓延しやすく、国民の健全な税負担感を鈍摩させ、国家の財政的基盤を危うくするとともに、国家、国民の財政的、経済的諸要素が社会の各分野に大きな影響力を持つに至つた現代社会においては、国民の一般的な道義的倫理感にも影響を及ぼす重大な犯罪であつて、この点は、この種事犯の量刑に当たつても、きちんと見据えておかなければならない視点の一つである。

二  ところで、本件犯行は、ほ脱額も決して少ない額ではなく、そのほ脱率も極めて高率であり、また、何よりも、申告納税制度の理念に則つて依頼者の納税事務を適正に行うことを通じて法令に基づく納税義務を健全に履行させ、その適正な実現をはかる使命を持つ税理士である被告人が犯行に積極的に加功し、仮名預金口座を開設させたり、予め税務調査に備えて架空領収証等を作成させるとともに、自己の税務会計事務所のコンピューターに入力していた事業会社の総勘定元帳や現金出納残高式伝票を改ざんさせて、仕入れや外注費の水増し計上をするなどの悪質な手段を駆使して事業会社の法人税のほ脱を図つたり、ほ脱の隠蔽工作をしたりする一方、事業会社の実質的経営者から九一〇〇万円もしくは八七〇〇万円もの多額な現金を自らの手元に預けさせるなどし、右実質的経営者の供述によれば、そのうち、七五〇〇万円(もしくは七一〇〇万円)については、被告人から時効が完成したら折半しようなどとも持ち掛けられたという点に特異性があり、しかも、関係証拠によれば、被告人が事業会社の関連会社に関する代表者印を保有したり、別の関連会社の離合について画策したり、更には、事業会社を解散して新会社を設立し、それに財産を引き継がせるように働きかけるまでになつて、被告人に会社を乗つ取られるのではないかと危機感を抱いた事業会社の実質的経営者が弁護士を立てて、前記の現金やその他の書類等の返還を求めるなどして被告人と決別するに至つたことが認められるところであつて、これらの事情を併せ考えると、被告人の本件犯行は、税理士倫理にもとる背信性の極めて強い悪質なものと評せざるを得ないところである。

三  被告人は、調査、捜査段階はもとより公判においても、一貫して本件犯行を否認し、本件審理において、大蔵事務官として税務署に勤務していたときの自己の有能性を披瀝するとともに、税理士となつてからも、高い税理士倫理感を持つて税務事務を処理してきたことを強調するが、その一方において、本件犯行をめぐる事実関係についての弁解は、関係証拠と対比しても真実味に乏しく、ある意味では、真実味に乏しい被告人の弁解と被告人が強調するその倫理感との落差にこそ、被告人の側面で捉えた本件犯行のすべてが表れているといえなくもなく、被告人には本件犯行についての反省のかけらすら認められないことと相挨つて、税理士倫理にもとる被告人の背信性は、厳しく指弾されなければならず、本件犯行についての被告人の刑事責任も、また重いといわなければならない。

四  もつとも、被告人は、本件犯行により、二、三〇〇件程あつた顧問先の過半数は顧問契約を解除され、残りも他の税理士に引き継いでもらい、現在においては、税理士としての稼働を事実上停止せざるを得ない状況に至つているなどそれなりの社会的制度も受けていることや被告人には、これまで前科、前歴がないことなど被告人に有利に斟酌すべき諸事情も存在するが、前述した本件犯行の性質、規模、ほ脱に関して被告人が積極的に加功関与した悪質な手段やその他の犯情、被告人の税理士としての背信性等を併せ考えると、被告人に有利な右の諸事情を勘案しても、刑の執行を猶予すべき事犯とは考えられず、被告人に対し、主文のとおりの刑をもつて処断するを相当と認める。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 円井義弘 裁判官 清水研一 裁判官大渕敏和は転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 円井義弘)

別紙1

修正損益計算書

<省略>

製造原価

<省略>

販売費及び一般管理費

<省略>

別紙2

税額計算書

<省略>

別紙3

修正損益計算書

<省略>

製造原価

<省略>

販売費及び一般管理費

<省略>

別紙4

税額計算書

<省略>

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